初めての試み、「 と イカラシ LABO」無事に終了しました。
いつか飲食店のようにお客様にその場で素材を選んでいただき、目の前で作ってお渡ししたいな。 そんな思いをひっそり温めていました。 LABOの一週間前、ホリウチおやつさんで出会った素朴で味わいのあるSHOP CARDに誘導され辿り着いた<紙もの雑貨店 setia>さん。 きちんと店主さんが愛情をもって選んだことが伝わるこだわりの紙もの雑貨が、それぞれを引き立たせるように並んでいました。 素直さの際立つ店主さんと話すうちに、お互いに「何かしたい」の気持ちが湧き上がり、「やってみましょう!」と出会って2時間後にはイベント、日にちを決めていました。 お互いに三条で「何か」を始めた者同士、素直にやってみたいことをカタチにする。私達にとってはとてもシンプルに物事が進んでいったのです。 とても天気の良い自転車日和の土曜日の話。 |
やってみたかった企画とて、こんなに突然始まるとは。
この企画の名前「 と イカラシ LABO」、お客様とイカラシが一緒にモノ作りをすることで、どんな化学変化でモノができあがるのか、実験室のようなワクワクする企画にしたいと名づけました。たくさんある生地、ファスナーから好きなモノを選び出して自分だけのモノ作り。 自宅縁側の作業場の雰囲気をなるべくそのまま持ち出したい、間借りするだけでなく"そこ"の雰囲気も変えられるように… と 入口に掛ける暖簾、ミシン周りの材料ディスプレイ用の柵を作り、どんな配置で作業をするか、どんな風にお客様とモノ作りをするか、不安も抱えつつも一週間後のLABO当日を待ち遠しく準備に走り回るのでした。自転車で。
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器用ですね。
昔から家庭科とか得意だったんですか? 学校でいろいろと勉強するんですね。 職人ですね。 頻繁に言われるこの言葉たち、全てに対して私の思いは いいえ です。 残念ながら器用ではないです。 不器用だから、間違わない方法や繰り返して楽な方法をどうにか見つけているのです。初めてやることに関しては泣けるほど不器用です。 家庭科も大嫌い、美術も図工も苦手でした。特にミシンなんて、もう、嫌で嫌で仕方がありませんでした。 でも、欲しい洋服が手に入らないなら作ればいい!と思ってから少しずつできるようになってきました。 学校ではいろいろ学びますが、この言葉を言われる時にやっていることは、だいたい学校では学んでいないことです。学校では基本的なパターンと縫製技術(デザインは学んだとは思ってない)。卒業後、たくさんの出会いがあり、こっそりしっかりそこからいろんなことを吸収し、見よう見まねでやりはじめたのです。 職人ではないですね。 口がすぎます。 「やってみたい」の気持ちだけで、18年間やっているようです。いろんなこと。 でも、なんでもできるわけじゃなく、(当たり前ですが)できることしかできない。そのやれることをやる、ただそれだけなのです。キュッと狭く。そしてできることは本当に少ないのです。 胸を張って言えることは、道具と仲良くなることがうまくなったこと。だからミシンも上手く踏めるようになったし、苦手だったアクセサリーも少しずつ作れるようになったと思います。 これからまた誰に出会って何を得て何を作り生み出していくのか、自分でもとても楽しみです。 そして、「何者ですか?」ともよく聞かれますが何者でもないただのイカラシです。 |
縁側の作業場をそのまま再現し、お客様を待つ。
「ワークショップ」ではないけれど、作業もやってみたい!という方には道具の使い方をきちんと教え、一緒に作っていただきました。 授業やモノ作りの本には書いていないような道具の使い方や作り方を教え、『現場』を楽しんでもらえました。 たくさんの生地に圧倒されながらも気に入ったものに出会い、それに合わせてファスナーやリボンんを決めていく。今まで触ったことの無いミシンに触れ、恐る恐るそっと縫い合わせて行く。 「母の日の贈り物に」「孫たちとお揃いで」贈る相手の面影を生地に見ているのかなとドキドキ。 「自分へのご褒美に」何を入れるか想像しながら生地を選んでいる姿にワクワク。 お客様皆さんの姿に私もたくさんの刺激と、喜びをいただくことができた一日となりました。 また縁側の作業場を飛び出して、皆様の目の前でモノ作りをしたいと思います。 setiaさん、ありがとうございました!
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小さな子どもの頃、リカちゃん人形を一つ持っていた。洋服も一組だけ持っていた。
あまりプレゼントの習慣が無い家だけど、たった一組の洋服は確かクリスマスプレゼントにサンタさん(一応)からの贈り物だったと思う。 その洋服はバブル世代のOLが着ていそうな、青と黒のチェックのウールのブルゾンに黒いタイトスカートだったはず。冬の贈り物だから冬服。 一組しか洋服を持っていないから春が来ても、夏が来てもずっと冬のOLスタイルのままだった。 他の友達は着せ替えの洋服を持っていた。うちのリカちゃんは「着せ替えないリカちゃん」だった。 おねだりしたところで買ってもらえない… そんなある夏の日、祖母が枕カバーを縫っていた。 その生地は地元の五・十市の布屋で一緒に選んで買った、空に雲の模様の生地だった。いつもの「柿の種」の缶(裁縫箱)を持ちだして手縫いでチクチク。 リカちゃんの洋服、買ってもらえないなら… 「ばぁちゃん、リカちゃんの服作らんる?」 「できるこてー。」 そんなやり取りだったと思う。 枕カバーを作った残りのハギレをリカちゃんの身体に巻き、おおよその寸法を測り、布を切り、縫い始め、ゴムを入れ… 「できたよ。」 と筒状のワンピース、ウエストを共布の紐でキュッと結んで見せてくれた。 リカちゃんに夏が来た。リカちゃんの表情も明るくなった気がした。 あまりにも雰囲気の変わったリカちゃん。そのワンピースに合わせて迷いなく髪を短く切ってしまうほど私は嬉しかった。 (その後、モノ作りに励んだわけではなく、不器用だし面倒くさがりだし… 家庭科大嫌いだったのです、14歳までは。) 買えないならば作ればいい、それは思っているより簡単なこと。 そんな風に祖母の姿に教えられた気がします。 だから私は祖母に教えてもらったことを誰かに伝えたいなと思い、作業場を飛び出して誰かの目の前でモノ作りをしたいのです。 モノを作る原点である祖母は、縁側の作業場をこっそり覗き私の姿を見て喜んでいます。 「おらに似て“はつめ”らねぇ」と。
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